田中周紀 「国税記者  実録マルサの世界」




第七章に書かれてるクレディスイスの八田さんのtweetを見て衝動買いしてみた。日本の中枢権力である国税には以前から興味を持っていたが、日本社会の秩序がどのように保たれているのかを知ることができる良書だと思う。ただ気になるのは基本的な姿勢がかなり国税寄りで社会正義のような扱いをしていること。国税の情報に基づいて特捜が動きさらにマスコミが煽って社会悪を抹殺する仕組みの機能不全は否めない今日この頃なので、もう少し権力チェックという名の批判的な目線があっても良いのではないか。例えば第九章に書かれているGWGの折口氏の件で厚生省に問題は無かったのか。その辺りを完全にスルーしてしまうところに著者の能力を感じてしまうが、まぁそれが記者クラブ体制というものなんだろう。


本書のはじめに、脱税は国民全員が被害者となる犯罪行為なので「脱税する奴は道路を走るな」、というようなことが書かれているが、もっと大事なのは冤罪で無実の人の人生を台無しにしないことであり、差別的に不平等な扱いで新たな挑戦者を潰さないことにも十分気をつける必要があるのではないか。査察が入った時点で逮捕→有罪というところまで決めつけてしまう姿勢には推定無罪という概念を理解している様子は全く伺えない。章の終わりが「悪者は摘発され葬られました。めでたしめでたし。」のように書かれているのにも正直嫌気がさす。また、世の中の変化に適応しきれていない古びたルールによって社会の活力を削がないことの重要性などについては思いつかないのだろうか。それともそんなことを本に書く自由はそもそも日本にはないのか。おそらく貴重な情報源である当局に批判的なことを書いて情報入手に支障が出ることを嫌ってそんなことは現実的に書けない仕組みなんだろう。まさに記者クラブ問題。


それから査察→逮捕→有罪という流れを暗黙のものとして逮捕時の報道のために推定無罪の人間を盗撮して回っているマスコミの人間たちを放置しておいても良いのだろうか。そんな人間がウロウロしている社会に住みたいか。報道の公共性がキーポイントなのだが、マスコミの下劣さを見ているととてもじゃないがそのような行動を肯定できない。ただそれはそのような下劣な報道を求めて消費している愚かな視聴者に根本的な原因があるので正すべきは一人一人のモラルや教養なのだが。


もちろん不当に脱税を行って私腹を肥やす行為は許されるものではなく厳しく罰せられるべきだと思うが、一方でそのような不法行為をしないと豊かになれない社会や現在の秩序維持体制によって活力を失っている日本の現状を危惧する必要もあるだろう。急激な業績向上によって対応しきれず脱税を行う経営者たちがよく国税に狙われると書かれているが、それは本当に経営者の意図だけに問題があるのだろうか。会社経営の実情がどのようなものかを全く知らない官僚によって設計された税制システムに問題がないとは思えない。何もかも十把一絡げに扱おうとする日本社会の悪い癖に根本的な原因があるように感じられずにはいられない。Steve JobsのBack Date問題を寛容に処理し彼の才能と業績を讃えることによって公の利益を最大化した処置にもう少し見習っても良いように思う。その辺りを考慮した運用が現場ではきちんとされているのだろうか。というかそもそもその裁量による権限を無批判に与えてしまって良いのだろうか。国税に就職したガチガチに頭の固い知り合いを思い浮かべると不安になる。その頭の固さが口の堅さとなっている面もあると思うので一概には悪いとは言えないが。


と、まぁ思いついたことをつらつらと書いているとかなり批判的になってしまうのだが、それは本書を読み終わった後に感じる日本社会に対する嫌気に起因するものであって、本書の内容が一般的に見てそこまで悪い訳ではない。第七章のクレディスイスの件に関する指摘は興味深いものだし、最終章にも言い訳程度ではあるが国の愚民政策に対する批判も書いてある。そもそもこれほどの具体例を出して国税の活動について書いてある時点で価値ある一冊だと思う。要するに必要なのはこのようにしか書けない日本社会の現状を本書から読み解く読者の能力ではないかと思う。