"Liars and Outliers: Enabling the Trust that Society Needs to Thrive" by Bruce Schneier




購入してからしばらく日が経ってしまったが、地道に読んでいたものが読み終わった。


セキュリティ分野に興味を持ち始めてから色々なものをネット上などで読みあさってきたが、この分野のエキスパートであるBruce Schneierの書いたものに巡り会うことは多く、彼が日々情報発信しているブログ:Schneier on Securityをはじめとして参考になるものが多かった。Bruce Schneierが最近Googleで行ったトークを見つけたので参考までに載せておこう。


本書は、日進月歩で進化するテクノロジーとそれに対応する社会を成り立たせる上で必要な「信頼」(trust)について考察している。社会は企業や国などの組織、それらを構成する個人、またそれらと関わりを持つ個人などが複雑に絡まり合って成り立っているが、各々の利害が対立することは多く、社会を正常に機能させるにはそれらの利害調整が必要となる。


組織とそれに属する個人との力関係を比べると、多くの場合は組織の力の方が圧倒的に強く、組織に属する個人はたとえ本人が正しいと信じる道が他にあったとしても組織に逆らって行動するのは難しい。組織の行動原理が常に社会の利益と一致していれば何も問題はないが、企業は社会の利益よりも企業利益を優先する宿命にあり、それに所属する個人も基本的にその行動原則に従わざるを得ない。


組織の行動を社会の利益から逸脱しないように制御するには社会的な圧力を加える必要があるが、力で制御される社会のコストは非常に高く、そのような社会に生きる個人の幸福を実現するのに最適ではないことは自明である。9.11後のアメリカのクレイジーなセキュリティ政策が良い失敗例であるが、特定の組織の利益が優先され社会の利益と一致しない行為が制御されないとこのようなことが起こる。



本書ではエアポートセキュリティを例に、異常なまでに入念な空港での荷物検査・身体検査のコストがいかに高く非効率であるか、また機能し得ないかということが解説されている。また、このような不合理をまかり通らせてしまうセキュリティの幻想の仕組みについてはBruce SchneierのTED PSUでのトークが詳しい。


ちなみに、空港のセキュリティがバイパス可能であることはJon Corbettが以下の動画で実証している。




現在のアメリカでは、異常に入念な空港での検査プロセスの域を超え、全ての電子的なコミュニケーションのデータを網羅的に収集しコンピュータで解析するという、行き着くところまで行ったと思えるようなことが実際に行われている。Edward Snowdenのリークによって明らかにされた最近の騒動であるが、数年前からWikileaksなどによって似たような事実は既に警告されてきた。ただ、個人がそれを知ったところで取れる行動というのは限られていて、一般人がワーワー騒いでも基本的には何も変わらない。ちなみにこのようなことが行われているのはアメリカだけでなく、アメリカはたまたま象徴としてやり玉に上がっているだけである。監視大国のイギリスはさらに酷く、フランスでもアメリカと似たようなことが行われていると報じられている。


このように、社会の利益と一致しない政策を強行する国家という主体、それらに圧力を加えられて従う企業という組織、その行動原理に従わざるを得ない個人といった構図は、本書で解説されている内容にまさに合致する。これらに対抗する社会的勢力として、Edward Snowdenのように組織に反旗を翻した個人やそれを支援するWikileaksやGuardianのようなジャーナリズムがあるが、暴走する巨大な組織を制御するには正直まだ力が足りないように思える。よって、本書のテーマである「信頼」(trust)が失われているというのが現在の社会の現状だろう。


このような現状を見るとかなり絶望的になるが、本書では歴史を振り返れば我々は長期的には正しい方向に進んできたと締めくくられている。


アメリカが力では社会を制御できないと気付く日は来るのだろうか。